16.ストラクチャー書評 土質力学

松岡元 著/ 森北出版(梶jA5版/288頁/定価(本体3200円+税)


2000年4月号 「structure」No.74 "書評" 掲載
 「土」という言葉の響きは−母なる大地−と称されるように,私達生命体にとって根源的なものであり,また立場により多様な表現と解釈に供される神聖な単語である.山本学治によると「人間は,自然と接触するもっとも原始的な生活の始めから,土に神秘的な有機的性質を感じ,さらに,土の中に生命を醸成する能力を見出そうとしてきた.『主なる神は土の塵をもって人の形を作り,生命の息を口から吹き込んだ』という旧約聖書の創世の思想はそれをよく語っており,それに類する伝説は世界各地に多い.」
 農家,林業家,園芸家,陶芸家,そして今回登場する土木工学家と建築家の端くれ?である構造家と立場の違いは多様である.土は地球上の自然材を活用する伝統建築素材として,れんが,土間,瓦,土壁等に古くから使用されている.
 近年,地球環境問題に端を発した石油化学製品に対する不信から,自然素材の活用と保全,リサイクルの観点での有効性が叫ばれている.土木工学家と建築構造家,つまりストラクチュラルエンジニアは,土という有機とも無機ともつかない,また変化自在な分子的素材と科学的に理論的に付き合わざるを得ない宿命的職業である.
 本書は難解な土質力学の原理を平易に内容深く書かれたものである.従来この種の図書に見られる説明の飛躍と高等な数式に終始する文体と異なり,実に分かりやすくて,思わずページを操ってしまう.著者の言う「私と周波数が合う方なら,理解しやすいと感じられるであろう」と自薦するように,小生のように「何故,何故,何故」が習性になりつつある年代の者から,これから土質力学を学ぼうとする若きストラクチュラルエンジニアにとって,この本に初めにめぐり合えることは幸運である.
 特に「土のう」積みによる土圧低減方法の紹介は実務者にとって直ぐにでも応用可能な素晴らしい提案である.また土の力学的性質を剛体,弾性体,剛塑性体と分類する用語が,建築構造的用語の粘弾性,弾塑性とどう定義するかも興味がある.著者のまえがきによると「土は,砂も粘土もともに,バラバラの土粒子の集合体である.粘土は一見土粒子間に接着剤がありそうであるが,水を入れたバケツの中にほうり込んでおけば,やがてバラバラになってバケツの底にたまるであろう.したがって,鉄やコンクリートと比べれば,土は初めからこっぱみじんに破壊されたものとみることができるかもしれない.基本的には土粒子間に働く摩擦力によってのみ抵抗する材料なのである.(もっとはっきり言えば,コンクリートから劇薬によってセメントを溶かしたような材料である)同じ土でも地表面と深い所では土粒子間に働く力が違うので(深い所ほど土の自重によって大きくなる),土の抵抗力(摩擦力,強度)も異なる.地表面の砂は吹けば飛ぶが,地中の深い所の砂は杭を支持するほどの強度を持つのである.また土の間隙には水や空気が存在するが,例えば水の圧力が大きくなって土粒子同士が離されると,土粒子間の摩擦力はなくなり,土の抵抗力(強度)はほとんど皆無となる.このように土は人間の直感に合わない面を持つ恐ろしくも,また興味深い材料なのである.間違っても,『不動の大地』などと考えてはならない.本書が,これから土『この得体の知れない,やっかいな代物』の力学を学ぼうとする方々にとって,理解の一助となれば望外の喜びである.」
 宇宙ステーションは別として,地球に存在するあらゆる構築物は土に依存せざるを得ない以上,土の性質の解明は地殻を含め,地震等の動的なもの,さらに構築物との相互作用等々と,さらなる研究はこれからの課題である.本書がこれらの諸問題を解決するための確かな礎となることを願うものであり,合わせて座右の書として是非お薦めするものである.

真崎雄一




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